復活2年目~4月のまとめ報告と“5月”~避難生活の中での歌津の味

13/05/2014
歌津小太郎こぶ巻ファンド

”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
5月になりまして宮城県南三陸町の歌津の地も様々な緑が芽生え遅い春の花も咲き誇るようになりました。
特産のワカメの作業も4月末で終わり、港はワカメ作業の道具が片付けられました。
今回は震災当時、5月頃の避難所での暮らしぶりを中心に、来月からの復活商品のことにも少し触れてご紹介したいと思います。




歌津には海だけでなく山もあります。5月初旬にはこうして山桜が満開となります。 
(馬場中山カオル商店HP2014 .05. 03)




● 2014年4月の歌津小太郎活動報告
4月は大きなイベントが二つありました。一つは4月5日の「埼玉県蓮田市・商工祭さくらまつり」です。
こちらに関しては前回の「3月報告と4月」のほうでハプニングも含めてご報告済みですのでそちらをご覧下さい。

二つ目は、4月26日にファンドツアー。3つのコースから南三陸エリアを選んで下さった方、13名の皆さんが歌津小太郎工場の見学に来てくださいました。出資者の皆さんに完成後の歌津小太郎工場をご覧頂くのは昨年10月以来の二回目となります。今回は小太郎社長と歌津小太郎の製造の責任者である母のあさ子、そして私の3名(孝浩)の3名でご案内しました。こちらも4月30日のブログで報告済みですのでそちらも合わせてご覧下さい。大変にタイトなスケジュールの中、参加者の皆さんから沢山の励ましと、そして歌津小太郎の味を試食いただいて喜んで頂き、参加者も我々も終始笑顔の1時間でした。




4月26日の集合写真です。前列の左から2番目が小太郎夫人のあさ子、後列の一番左から私(孝浩)、小太郎社長です。



2013年4月に現在の工場がオープンしましたので、ちょうど1年を経過しました。お越しいただいたみな
さんのご質問にお答えしているうちに、改めてようやくここまできたという実感が湧いてきました。



3月くらいからワカメの他にも歌津の名物の沢山の種類の海藻(当地では磯草と呼ぶのが一般的)が採れるようになります。こちらでは漁師の家の女性たちがこうした磯草を自宅の作業場で天日乾燥させています。この自然の力で乾燥させた磯草のなかでも品質の良いものを選んで歌津小太郎商品にしていますが、4月になってようやく震災前と同じくらいの品揃えがそろうようになりました。「ふのり」に「ひじき」に「まつも」に!
仙台/藤崎デパートにみなさん館にと、歌津小太郎の売り場は磯草商品のほうも賑やかになって参りました!


●3年間の振り返り
2月のブログより、毎月ごとに3年間の同じ月は何をしていたか思い出して書き綴っています。
書き残しておくことで未来の自分達へのメッセージであったり、非日常的な体験をした私達の経験が今後の教訓につながったりなど、そういった出来事を皆様と共有できたらと思います。
歌津小太郎の旧工場及び千葉家の自宅のあった南三陸町(旧・歌津町)馬場中山地区は地域全体が壊滅的な津波被害を受け、どうにか津波を被らなかった地域の集会所・馬場中山生活センターという高台にある建物で200人が避難生活を送ることになりました。では、震災から2ヶ月を経過した5月の出来事からお読み下さい。


☆ 2011年5月: 電力復活! 第二避難所完成! そんな避難所での暮らしぶりは…
まずはインフラの復旧の進捗に関して時系列でお伝えしておきます。(復旧の早かった順に並べました)

【5月末時点の地域のインフラ復旧状況】

・ 携帯電話 ◎: 複数の会社のものが4月中旬くらいから概ねつながるようになる。

・ ガス ◎: 元々がプロパンガスでの供給エリアでしたので、インフラというより供給体制(ガスの配達)が通常状態に戻ったのが4月下旬

・ 灯油(ストーブや発電機用) ◎: 不自由なく供給いただけるようになったのがやはり4月下旬。

・ 電気 ◎: 電力会社の尽力でこの避難所を最優先に作業を進めていただき、ようやく5月6日に電力供給が復旧しました!(地域で津波を被らなかった家も同様に、それから数日後に電力復旧となりました)

・ 水道 ○: 電力と同様、被災後の当初は、福井県の支援者からお借りした用水タンクに水を貯めて使っていました。こちらも避難所向けの供給を最優先で進めて頂き、ようやく5月27日に「蛇口から水が出る」ようになりました。しばらくは、飲料水用には使わずに、生活用水にのみ使うようにという指導でした。

・ 固定電話 ×: 止まったまま。電話線が壊滅ですし、家そのものが流されていますから復旧の見込みは不透明。


このように一番遅れていた水道が5月下旬に復旧しましたので、なんとか日々の生活がまわるようになったというのが5月でした。


また、4月29日から5月8日まで大型連休期間といいことがあり、この間に多くのボランティアの方がいらっしゃいました。一番の大きな変化は、第二避難所建設です。4月26日から始まった建設作業は驚くほどの急ピッチで進められ、5月に入る頃には外装工事は全て終わり、内装の工事が着々と進められていました。物資が不足する中、内装の壁材や畳にサッシと必要な材料が支援者のネットワークで手に入り、手際よく施工されていきました。仕上げの電気の配線工事も済むと、なんと、工事開始から15日後の5月10日には完成! こちらは女性陣の宿泊場所として使われることになりました。それぞれの布団を持ち込み、新築の第二避難所で初めて過ごす皆さん達の喜びようはまるでどこかの旅館に泊まりにきたようなそんな様子でした。



ちょっと判りにくいですが、高台の右側の赤い屋根が元々ある馬場中山支援センターで、左の青い屋根が第二避難所です。こんな位置関係です。 (馬場中山HP2011. 05. 27)




第二避難所の中の様子。広さが判りますでしょうか。  (馬場中山HP2011. 05. 09)



第二避難所の中の様子。大工さんが棚まで作って下さいました。 (馬場中山HP2011. 05. 10)



多くのボランティアさんの協力で第二避難所が完成しました。中でも全工程を中心的にやってくれたのが馬場中山出身で千葉県内で活動されている大工さんの紺野兄弟です。約一ヶ月間、本業の仕事をやりくりして時間を作り、馬場中山での活動に専念されました。  (馬場中山HP2011. 05. 18)



ここでちょっとこの時期の避難所での暮らしぶりを紹介しておきたいと思います。もう二度とこのような体験をしないことが最善なのですが、あの厳しい被災と避難所生活の中で私たちがどのように暮らしていたか、正直、私自身も記憶から遠くなってきているのです。出来るだけ教訓になることを中心に、5月の頃のありのままの避難所生活を思い出したいと思います。私(孝浩)や弟のカオルはそれぞれ物資の調達やボランティアさんの対応窓口など役割の仕事が多々ありましたので、代表例として70代の母(あさ子)の暮らしぶりで振り返りたいと思います。



震災後の当初は地域で被災した人の多くが馬場中山生活センターに身を寄せましたので、200名ほどの大所帯でしたが、一週間後にはそれぞれ親戚や知り合いの家に一時的に寄せて頂く等して歌津を離れる方もいましたので80名ほどに減っていました。それでも大人数でした。




避難生活の朝はものすごく早く、起床時間は朝4時頃でした。元々、漁師の仕事は朝が早いのですが一人が起きるとみんなが起きだすので、結果、そんな習慣となりました。5月になるともうこの頃には外が若干明るいですし、馬場中山支援センターは東に向いて海を見下ろすように建ってしますので、毎日、朝日を見ていました。

早朝から女性陣が食事の準備をします。朝ごはんは、5時頃から4班に分かれて流れ作業で食べます。主に前の日の食事の残りや、前日のうちに準備していた朝食を温めなおしたりして食べました。昼と夜は、自衛隊から炊いたご飯を人数分供給して頂いていまして、おかずだけを女性陣が作っていました。それに加えてボランティアさんから炊き出しを頂くことも多かったです。
電力供給が充分でなかったこともあり、晩御飯は暗くなる前には片付けを終わらせていたので、とにかく女性陣は日のある時間帯は常に炊事と洗い物をしているような状況でした。母は、歌津小太郎の仕事でも得意というか本業の調理班を担当していました。ときおり、歌津小太郎の味の海藻料理も出てきましたね。



ブルーシートの屋根をかけた屋外の調理スペースです。あさ子が「ひじき炒り」を作っています。
(馬場中山HP2011. 05. 09) 



 馬場中山の女性陣は皆さん料理上手です。そんな女性陣の活躍ぶりを、本ブログの後半に沢山の写真でご紹介しておきます。


食事関係は共同作業で行っていましたが、その他の洗濯や掃除は家族単位でやっていました。一方の男性陣達といいますと、漁師さんに関しては日中は海の清掃作業などを行っていました。大きなものでは、海に沈んだ小型船の引き上げをしていましたね。漁師以外の方々も、道路のガレキを取り除いたり薪を割ったりと、何かしら力仕事をしていました。今思い出してみますと、夜明けとともに起き、みんなが体を動かして仕事をし、食事し、そして日暮れとともに寝る。本当に原始的な生活でした。



いつ終わるか判らない集団生活でしたので、毎日、何かしらの事件が起きていました。先の見えない不安はありましたが、毎朝、太陽が昇り始めるのを見ると、“明けない夜はない“と思えてきました。


この朝日に励まされました。 (馬場中山カオル商店HP2014. 04. 29)



5月になりますと郵便のほうもこの馬場中山生活センターに一旦届き、それから各家庭に配布されるようになりました。その中には歌津小太郎の再建を願う一般のお客様からのお手紙も見られるようになりました。




☆ 2012年5月: はじめての経験、ファンド計画の構築中
 馬場中山地区の状況としましては、震災前の例年ですと、5月の第一週くらいにはワカメ作業が終わりますが、2012年はまだ体制が完全には戻っていませんでしたので、5月第三週くらいまでワカメ作業がずれ込みました。また、なじょにかなるさープロジェクトとして商品化した「福福わかめ」を復興イベントなどでの直接販売の他に今後どういった体制で販売していくかなど、話し合いをしながら模索していました。


ワカメ作業が終わると、地域の女性たちにも時間に余裕が出てきました。そこで一時中断していた地域のキャラクター「ワカメンジャー」の編みぐるみ製作も再開されました。

「ワカメンジャー」は地域に来てくださるボランティアさんに大人気です。 (馬場中山HP2012. 05. 23)



一方、歌津小太郎の活動のほうは2012年4月からスタートした被災地応援ファンドへの参画のため、復興計画を立てていました。小さな家族経営の水産加工会社から少しずつ進歩してきた我々には、これまで、このような大がかりな投資計画など立てたことがなく、またファンドの仕組みというのもなじみがなかったので、ミュージックセキュリティーズさん(以下、MS社)の指導を受けながら計画を練りました。これまで歌津小太郎がどんな仕事をしてきたのか、このときには歌津小太郎の商品など何もない状態でMS社に説明しなければなりませんでしたが、取引先の多くの皆さんからの応援サポートがあり、なんとか我々らしさが伝わりファンドの名前も「歌津小太郎こぶ巻ファンド」と名付けて貰いました。




☆ 2013年5月: 新工場での商品復活―難題が山積み

待ちに待った新工場が出来、新しい環境に少しずつ慣らしていきながら歌津小太郎の商品を復活させております。加工品のうち早期に復活したのが「陸中漬」(くきわかめの漬物)と「磯人漬」(海藻4種類の和え物)。
5月末には、お客様からのリクエストの多い「さんま昆布巻」も試作してみました。ところが…
何十年も昆布巻を作っているのになんと大失敗! 同じようなレシピで同じように作っているのに違う。
理由は簡単、さんまも昆布も納得のいく素材を揃えられなかったのです。震災前のこれらの原材料は、取引先もその産地もまだ復興しておらず手に入りません。さあどうするか!
まずは昆布の調達をどうにかしなければなりません。小太郎社長も私も、かつての取引先を訪ね理想の昆布探しを始めました。



● 2014年5月の歌津の海・港・漁師・旨いものそして歌津小太郎情報
来月から新しく、歌津小太郎に復活の商品が加わります? …と言っても一時期だけとなりますが…



(工場にて2014.05.13)


歌津の海の幸を代表する「ホヤ」が、5月13日に震災後初水揚げとなり、藤崎デパート歌津小太郎コーナーにて「ほや醤油漬」が6月4日(水)から期間限定で販売できることになりました。事業を再開してちょうど1年、お客様からの販売再開のお問い合わせではダントツに多かった、自慢の看板商品がいよいよ歌津小太郎コーナーに戻ってまいります。しかしながら完全復活にはほど遠く、現在でも3年育ちのホヤの水揚げが供給不足の状況にあり、今シーズンは旬である夏場だけの販売となってしまいます。今後は、ホヤだけに限らず、ウニの商品にも取り組んで行こうと計画をしていますので随時報告したいと思います。




(工場にて2014.05.13)




<あとがき>
いつも長~くなってしまう歌津小太郎のブログの一部は、我々を気にかけてくださる出資者の方などからの情報発信に対するアドバイスを元に構成しています。自分達にとっては当たり前すぎてこれまでお伝えできていなかった歌津のことに漁師の仕事や海の旨いもののことなど、「こんなこと知りたい!」とリクエストを頂ければ今後のブログで反映していきたいと思いますのでよろしくお願いします。

(すぐには全てに対応出来ないかもしれません。そのときはゴメンナサイ!)


今回の教訓ですが、集団で避難生活を送った日々を思い出すと、一つ問題を解決するとまた一つ問題が増えという状況でした。そんななかでも不自由な調理器具を駆使して女性陣が用意してくれた美味しいものには和みました。我が馬場中山地区の避難所の結束が固いと周りの方から高く評価していただいたのも、美味しいもののおかげというのが理由の一つであると思います。そんな経験から得た教訓は、「大問題に直面したら、まずは美味しいものを食べて考えよう!」。是非、皆さんも実践してみて頂ければと思います。


○ 記事担当 千葉孝浩


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ブログの本文中に写真を沢山入れると間延びしてしまうので、今回から後半に特集写真のコーナーを設けたいと思います。今回のテーマは2011年5月に弟のカオルが撮影した写真の中から「女性陣の調理班の活躍」です。注目すべきは、5月27日までは水道が止まっている中、工夫をしながらいろいろな食事を提供してくれたことです。




朝食作りです。若干は朝日が入りますが、暗い中で頑張っています。 馬場中山HP20110505



表で洗い物班が待ち構えています。 馬場中山HP20110505




馬場中山生活センターの調理スペースはこんなかんじ。ボランティアさんに配る「がんづき」を作っています。 馬場中山HP20110501



休憩時に「がんづき」を配ります。器や箸を使わなくても食べられるように工夫したおやつです。 
馬場中山HP20110501



卵を沢山頂いたので卵焼き作りです。 馬場中山HP20110509



大鍋で作る雑煮です。5月9日は第二避難所の落成の日でしたので、お祝いの料理まで作ったのでした。馬場中山HP20110509



鍋から溢れそうなくらい「あんこ」も作りました。 馬場中山HP20110509




おもちです。保存がきくので、支援物資として沢山届きました。 馬場中山HP20110509




あんこ餅の完成です。  馬場中山HP20110509



第二避難所落成のお祝いの食卓のあんこもちと雑煮です。   馬場中山HP20110509



とある日は、地域で採れたたけのこを料理していました。 馬場中山HP20110517



歌津の山では山菜も取れます。山菜料理はアク抜きなど手間がかかりますがお手の物です。 馬場中山HP20110517



近くの大きな避難所で自衛隊が準備してくれるご飯を運び込んでいます。昼と夜の分を受け取りに行きます。 馬場中山HP20110517



調理班・洗い物班の女性陣が最後に食事を取ります。この日のメインは天ぷらでした。 馬場中山HP20110517



天ぷらです。大量の大根おろしも準備してくれました。 馬場中山HP20110517




5月27日、台所から女性達の歓声が聞こえました。驚いて行って見ると、蛇口から水が出るようになっていました! 馬場中山HP20110527



生きるために必要な水の確保は福井県大野市の酒蔵さんからお借りしたこの水タンクにお世話になりました。同じく福井県大野市の土木建設業者さんがこの大型タンクを運んで下さいました。震災直後の比較的早い時点にこのタンクが届けられたことで、私たちは馬場中山の地で避難生活を続けることが出来ました。   馬場中山HP20110522

ファンド情報

歌津小太郎こぶ巻ファンド
歌津小太郎
Período contable
01/06/2013 ~ 31/05/2022
Por unidad
S/ 105.00
Tasa de redención
En operación
Número de participantes
824 personas
Logro de recaudación
42,390,000 PEN
【Notas importantes】
Los fondos que manejamos pueden incurrir en tarifas de manejo designadas (pueden aplicarse tarifas de transferencia bancaria por separado) y existen riesgos como la pérdida del capital de la inversión.
Las tarifas de manejo y los riesgos varían según el fondo, así que consulte la descripción del contrato de sociedad anónima de cada fondo para obtener más detalles.
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